何か踏んでしまうということ2007/09/03 22:28

ヒマワリ畑、うしろに見える建物は、「きのこ研究所」

 先日夜中に、大学2年になる愚息が、夜食を食べようと台所に立ち入ったところ、何か黒いモノをグニュっと踏んだそうだ。野菜の切れ端かと思って、床を見るとゴキブリだったとか。

 彼は大のゴキブリ嫌いで、発見すると睡眠中でも強引に父親を起こして、早く捕獲するようにと命令する。それほど意気地のない愚息なので、グニュっと踏んだ時は、さぞかし慌てたことだろう。ざまあみろ、という思いが多少湧いてきた、父親なのに・・・。

 そういえば、最近は、犬の糞も飼い主がスコップで拾い上げて土に埋めるか、持参のスーパーの袋に入れて持って帰るかするので、滅多に踏むことはないが、昔は、よくやったものだ。あれは、踏んだ者でないとわからない特殊な感情が沸き起こる。

 やはりグニュっと来て、少しすべる。あっと思った瞬間、このまま死ねたらいいのに、と天を見上げて絶望的な気持ちになる。すぐさま傍の雑草に一生懸命靴底をすりつけて、なんとか家に帰るまでに拭いてしまいたいと渾身の力を振り絞って、前後左右に足を動かす。

 しかし完全には無理なので、まるで人生の挫折を味わったかのような気分で、家に帰って、外でゴシゴシ洗うのだ。そういえば、家内は、梅雨時、家の中で、ナメクジを踏んだことがあった。どんなリアクションだったかは、本人の名誉もあるので、書くことはひかえる。

鈴虫2007/09/05 21:46

筑波山・女体山山頂からのぞむ関東平野

 昔の話だが、友人宅に遊びに行った。鈴虫を飼っていて、いい音色で、リ~ンリ~ンと鳴いている。秋の夜長に、あのチンチロリンをひとりで聞くと、日本有史以来、育まれてきたしっとりとした風情、情感に浸ることができるに違いないと思った。

 聞くところによると、外人は虫の音を聴くと雑音にしか聞こえないそうだ。なんと気の毒なデリカシーのない・・・、と軽蔑し、日本人に生まれてよかったと思った。

 早速、友人に5匹ほど譲ってもらった。エサのやりかたも教わり、空いている水槽を引っ張り出してきて、スタンバイ。一時間もすると、慣れてきたのかリ~ンリ~ンと鳴きだした。家族で食い入るように中をのぞき込み、鈴虫の様子をうかがう。

 さて、今晩から涼しい音色を聴きながら、安眠だとウキウキしながら床についた。寝入ってしばらくすると、り~んり~んと一斉に合唱が始まった。部屋中に響き渡り、うるさくて眠れない。しかも次第に音量が増す。風情も何もあったものじゃない。ただの雑音にしか聞こえないではないか。

 さすがにイライラして、風呂場に閉じこめて、ドアーを閉めてしまった。やっと安眠できるとホッとしたが、なんのために鈴虫を飼うのか疑問が出てきたら、また眠れなくなった。

世界陸上2007大阪2007/09/11 22:47

夕焼け(アンテナで羽を休めるカラスたち)

 先日大阪で行われた「世界陸上2007」。日本人も一生懸命がんばっているんだけど、今ひとつ精彩を欠いた。メンタルな部分の弱さというか、自信のなさが露呈したように思えた。

 外国人に負けず劣らず、練習量も多いだろうし、自己管理もできていることだと思う。さすが足の長さは、火縄銃と竹槍ほどの差を感じて、こりゃかなわんと思ったが・・・。

 よく日本人は「自分を信じる」という言葉を使うが、「本当に、そうか~?」と言いたくなる。自分ほど頼りにならないものはないだろう。順風満帆のときはいざ知らず、ことあるごとに荒波に浮かぶ船のように、浮き沈みするのが人間だ。明日のこともわらないのに、そんな自分を信じるというのは、こわい。もちろん、健全なプライド、やるだけやったという自信は大事だが・・・。

 最終日の夜、ハイライトを見ていて、タイソン・ゲイが試合前にコーチとトラックの隅で跪いて、神に祈っている姿が映し出された。あれほどの大選手が神に祈る・・・。これはただごとでないと感じた。おのれの弱さを知りつくして、全能の神にすべてをゆだねる謙虚な姿。彼には、自分の人生を神にゆだねるという盤石な信仰、精神の土台ができているのだと思う。これが、試合の結果に表れているのだろう。

 現代の日本は、無宗教化しているように思えるが、これが日本人をだめにしている。倫理観も個人の人生観も曖昧で、基準になるものがない。それが、今の日本を混沌の渦に巻き込んでいるのだ。

 これからの時代、聖書の世界観を理解し、創造主なる神を信じるという基盤を持たなければ、日本人が世界で活躍し、リードしていくことはできないと思う。